経営者④アンダー・アーマー(UA) ケビン・プランクCEOの孤独

アンダー・アーマーは数多くのトップアスリートと契約を結んでいますが,アスリートたちとの信頼関係を築くことには失敗しています。今回は孤立するケビン・プランクCEOについて書いてみようと思います。

アスリート・ポートフォリオ

アスリートはファンにとっては目指すべき目標や理想像であり,またアスレティック・ブランドにとってはブランドイメージの象徴です。

アディダス・プーマの全盛期である1960年代には”アスリート・シェア”(アスリートの何割が自社製品を使ったか)を奪い合うために,ワールドカップやオリンピックのトイレに札束の入った封筒が置かれるといった汚い賄賂合戦も繰り広げられてきました。

その後,ナイキ(NKE)の洗練されたブランド戦略により,数少ないレジェンド級のアスリートと巨額の長期契約結ぶことがトレンドとなります。

ナイキが打ち出したのは,”悪童マッケンロー”や”負けず嫌いのジョーダン”といった反逆児たちを「ナイキ・ガイ=ナイキの精神を持つもの」としてブランドそのもののイメージに一体化させる戦略でした。

アスリートを日常生活の隅々に至るまで分析し,キャラクター色を全面に打ち出した製品を開発することでアスリート・キャラクター=ブランド・キャラクター化に成功したわけです。(諸刃の剣として,タイガー・ウッズのスキャンダルによって,ナイキ・ゴルフ自体が消滅寸前の大打撃を受けるということもあったりしますが。)

現在はこのようにトップアスリートをブランドの顔として最大限に活用するマーケティングが主流な時代です。

現在,アンダー・アーマーはステファン・カリー(バスケットボール)や,ミスティー・コープランド(女性バレエダンサー),ザ・ロック・ドウェイン・ジョンソン(元WWEの俳優)らと契約しています。

炎上

ことの発端は2月9日にトランプの”Buy American”政策に対して,アンダー・アーマーのケビン・プランクCEOが賛同を示し,米国内での生産を増やすという決定を下したというニュースが流れた後でした。

「トランプは米国の真の財産だ」(describing Trump as a “real asset”) by ケビン・プランク

このコメントに対して,アンダー・アーマー契約中のザ・ロック,ステファン・カリー,ミスティー・コープランドの3人がインスタグラム,ツイッターで反論してきたのです。

Misty Copeland

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“As someone who takes my responsibility as a role model very seriously, it is important to me that he, and UA, take public action to clearly communicate and reflect our common values in order for us to effectively continue to work towards our shared goal of trying to motivate ALL people to be their best selves.”

(ミスティー・コープランド「ケビン・プランクは,トランプの価値観はアンダー・アーマーが共有する価値観とは違うということをはっきり表明せよ。」)

Stephan Curry

“I agree with that description,” Curry said, “if you remove the -et from ‘asset.’

(ステファン・カリー「トランプはassetではなくassだ。(assetから’-et’を抜いたらass)」下品なコメントですね。)

The Rock

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I appreciate and welcome the feedback from people who disagree (and agree) with Kevin Plank’s words on CNBC, but these are neither my words, nor my beliefs. His words were divisive and lacking in perspective. Inadvertently creating a situation where the personal political opinions of UA’s partners and its employees were overshadowed by the comments of its CEO.

(ザ・ロック「ケビン・プランクのコメントは,対立を招くものだし,視野が狭い。意図したものではないにせよ,プランクのコメントのせいで,アンダー・アーマーのパートナーや従業員はがっかりしている。」)

通常,ガバナンスのしっかりした企業であれば,こうしたこうした場外乱闘・内紛は漏れ聞こえてきません。そういう意味で,今回のケビン・プランク炎上事件はなかなか珍しく,ことの成り行きを見守ってきました。

ケビン・プランクの敗北

約1週間の沈黙の後(おそらく,その間にアンダー・アーマー社内の危機管理チームに相談して,どういうアクションを起こすべきか検討するのに時間がかかったのでしょう。),ついにケビン・プランクがコメントを発しました。

「テレビで質問に回答したが,その際の言葉の選択が間違っており,私の意図を正確に伝えられなかった。」

これはケビン・プランクの敗北宣言と捉えてよいでしょう。

ケビン・プランクの弁解は続きます。

「トランプはビジネス推進派(“pro-business”)な大統領であり米国の真の財産だ。人々はこうした大統領によって得られる機会を生かすべきだ。」ということが言いたかったようです。

トランプが「アメリカの真の財産だ」という発言に対して多くの人々がカチンと来たようですが,あくまでビジネスの話ですよ,ということですね。

ケビン・プランクはポリティカル・オピニオンリーダーなのか?

今回のニュースの違和感は,ケビン・プランクが政治的発言をするタイプじゃないのに炎上しているという点があります。

スターバックスのハワード・シュルツCEO(ヒラリー支持派)とか,ホーム・デポのバーニー・マーカス元CEO(トランプ支持派)といった政治的発言バリバリな経営者たちは,いつどんなコメントをするか冷や冷やものですが,逆に言えば「必ず政治的発言をしてくるタイプ」と認識されていると思います。従業員も株主もわかっているのです。

彼らに比べれば,今までケビン・プランクはそうしたコメントを控えてきました。

それなのに今回,あえてトランプと会談し,「Buy American」に賛同したのは,米国出身のビジネスマンとしての共通点をトランプとの間に嗅ぎ取ったのだと思います。

ケビン・プランクとは?

ケビン・プランクはバルティモア出身の元フットボールプレーヤーでばりばりのビジネスマンです。メリーランド大学在学中から数々のビジネスを手掛けており,有名なのはバレンタインデーにバラを届ける「Cupid’s Valentine(天使のバレンタイン)」というビジネスです。

このバラ宅配という洒落たビジネスで$17,000(170万円)を稼ぎ出し,その資金がのちのアンダー・アーマー創業へと繋がっていきます。

1996年に大学を卒業したケビン・プランクは,フットボールプレーヤーが汗でずぶずぶに濡れたコットンTシャツでプレーしても気持ちよくないし,パフォーマンスも下がると考えました。

さまざまな素材を入手しては速乾性シャツを開発し,元チームメイトたちに試供品を渡して使ってもらい,気に入ったら仲間に渡してくれと頼んで,草の根で支持を広げていきます。

(このあたりのエピソードは,ナイキ創業者のフィル・ナイトとバウアーマンが大学の陸上選手たちに試作品シューズを配っていた話と重なります。)

その後のアンダー・アーマーの急成長は皆さんご存知の通りだと思うので割愛しますが,現在ケビン・プランクは「サガモア・デベロップメント」という不動産業も営んでいます。バルティモア地区のポート・コヴィントンという沿岸地区にオフィス・住宅施設・商業施設などの複合施設を建設するという開発事業です。(まるでSimcityのような完成イメージ。)

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こういう話を目にしてお気づきの方もいらっしゃると思いますが,ケビン・プランクは根っからの起業家なわけです。

タイプとして近いのはリチャード・ブランソン(ヴァージン・グループ)やジェフ・ベゾス(アマゾン,ワシントン・ポスト,ブルー・オリジン)イーロン・マスク(ペイパル,テスラ・モータース,スペースX)でしょう。

アディダス創業者のアディ・ダスラーは靴職人,ナイキ創業者のフィル・ナイトはランニング馬鹿=スポーツ馬鹿だったことを考えると,ケビン・プランクはこの両者とも違う「ちょっと洒落たビジネス馬鹿」です。

不動産仲間

そういえば,不動産王といえばドナルド・トランプですね。地元を盛り立てたいというホームグロウン意識をアメリカ人は強く持っていますし(だから地元バルティモアに投資して開発事業を行っている),さらに不動産という意味でトランプとも同業者。

また,ナイキ(NKE)はほぼ全ての製品が海外製ということもあって,反トランプの方針を掲げており,競合上もトランプ支持で差別化することがチャンスにつながる。

こうした事情を考えれば,「トランプは真の資産だ」発言が出てもおかしくない土壌は整っていたのでしょう。

ですが,その発言を政治的ととらえるのか,ビジネスマン的ととらえるのかで大きく世論の反応が異なるのが今のアメリカです。

オバマ政権以降,「ポリティカル・コレクトネス」(政治的に正しい発言以外は悪),「ダイバーシティ」(多様性に寛容じゃないと悪)という名の言葉狩りが幅を利かせているわけですから,空気を読めなかったプランクのミスとも言えます。

ただ,今回はアメリカ世論がどう反応するかではなく,アンダー・アーマーのアスリートがどう反応するかの記事なのでいったん,アメリカの空気の話はおいておきます。

アスリートと結ぶべきは「契約」か「信頼」か

さて,話を元に戻しますが,ケビン・プランクCEOのコメントに対して,契約アスリートたちから次々に公開反論が寄せられたのは,プランク自身の性格によるものが大きいと思います。

本来であればプランクコメントが炎上した時点で,プランクに電話一本入れるなりして確認すればよかったはずです。電話もつながらずに,ツイッターやインスタグラムで公開反論して「自分はプランクとは意見が違う」アピールをせざるを得なかったアスリートたちの気持ちを考えると心が痛みます。(「違う」アピール自体は,アスリートたちがポリティカルコレクトネスという衆人監視下におかれており,公人としての発言を求められたためです。)

このアスリート3者がとった行動やコメントから,プランクはアスリートたちとは日常的な付き合いがほぼゼロであることが部外者にも透けて見えます。アンダー・アーマーの職員レベルでは,ザ・ロックらとの接触があり信頼感を築けているようですが,ことCEOは雲の上でありホットラインが用意されていないのです。

この距離感はアスレティック・ブランドとしての根幹にかかわる大きな問題だととらえたほうが良いと思います。

たとえば,ナイキだったらどうでしょうか?フィル・ナイトとマイケル・ジョーダンとはジョーダンがルーキーの頃からの付き合いであり,親子のような信頼関係で結ばれていました。バスケットボール選手には恵まれない家庭育ちも多く,親以上にフィル・ナイトを慕っていた選手も多かったのです。

アンダー・アーマーでは対照的に契約アスリートたちは,プランクに断りなく「反プランク発言(すなわち反トランプ発言)」の集中砲火をしてきました。

アスリートたちは,プランクと直接意見を交わすこともできず,それでも何らかのパブリック・コメントをしないと自分も「トランプ派」のレッテルを貼られる恐れがある。やむを得ない行動だったと思います。

今後のアンダー・アーマー

プランク炎上事件からわかるとおり,今のケビン・プランクの周りには二つの亀裂があります。

  1. プランクとアスリートの間に信頼感がない(電話のやりとりレベルでさえ,していない)
  2. プランクと従業員との間にも溝がある(アスリートは従業員は信頼しているが,プランクは信頼していない)

現在,商業的には大成功を収めており成長路線をひた走るアンダー・アーマーですが,こうした溝というのは案外根深いものです。

意図せずして部下との信頼関係を損ねてしまうというのは実によくある話です。

ウォルマート(WMT)のサム・ウォルトンはいったん後継者を指名して引退したものの,仕事を任せきれずに復職して禍根と分裂を招きました,同じことはスターバックスのハワード・シュルツ電撃復帰の際にも起きています。

こうした「CEOと社員の間の溝」というのは最終的には,重要な社員の退職というバッドエンドで終わることが非常に多いのです。1年以内に人事的に何らかの動きが起きるであろうことは覚悟したほうがよいでしょう。

投資先としてのアンダー・アーマー

創業者の苦悩や人心掌握の失敗事例というのは今に始まったわけではないですし,どこの企業でもある話と言ってしまえばそれまでですが,こと過当競争に苦しむアパレル,アスレティックブランド業界では大きな問題です。(これが,マクドナルド(MCD)のような経営資源とモートが十分にある企業であれば,多少のごたごたは心配はしません。)

現在の株価はかなりアンダーシュートしており,これは投資家が悲観一色に染まっている状況だと思います。

先日,「アンダー・アーマー(UA)の失速の原因」で書いたように,フットウェア市場に本腰を入れて乗り込めば,売り上げは伸びつつも,広告宣伝費が嵩んで利益があまり伸びないというジレンマに陥る可能性が濃厚だと想定しています。

それでも売り上げに着目するならば現在の水準は割安ゾーンだと思います。(利益を先送りしてシェアを取るという戦術ならば,ですが。)

ただ,売り上げの伸びしろを左右するのは,アンダー・アーマーというブランドイメージであり,そのためにはプランクCEOが雲の上からおりてきて ,従業員とアスリートたちと心のつながりを取り戻すという地道な努力が求められます。「CEOという顔」と「アスリートという顔」が割れていてはダメです。

バルティモアで地元の名士を気取っていないで,コートサイドで汗だくになって叫ぶ姿を見せるようになれば,一人前の「アスレティック・ブランド業界の名士」。

性格や行動はなかなか変えるのは難しいでしょうが,重要なアスリートの大量流出という最悪のケースは避けたいところです。

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