経営陣② ウォルマート(WMT)のサム・ウォルトン
小売業というのは栄枯盛衰の激しい業界です。ザ・ビッグ・ストアと呼ばれた1980年代まで全米最大だった小売店シアーズも全米の大都市を全て制圧したのちに成長がストップし転げ落ちるように評価を落としていきました。その後,1988年以降に全米最大に躍り出たのが今回の記事のテーマであるウォルマート(WMT)です。
ウォルマートはサム・ウォルトンという奇才が生み出した世界最大の小売店で,全世界での売上高は約50兆円に上ります。日本のGDPが500兆円(内閣府調べ)なので日本の全経済活動の10%に相当します。まさにモンスターです。
ウォルマートの躍進は野球帽をかぶった創業者サム・ウォルトンの商人としての才覚による部分が大きく,現在の米国小売業者の多くはウォルトンの影響を受けています。(ホーム・デポ(HD)のバーニー・マーカスやアマゾン(AMZN)のジェフ・ベゾスなど)
今でこそ経営の教科書に載るようになった以下の戦略は,サム・ウォルトンがいかにして競合店舗より価格を引き下げられるかを突き詰める過程で『発見』あるいは活用したものです。
- エヴリデイ・ロー・プライス(毎日安売りするので特売広告はしない)
- 薄利多売(30%安くすれば,3倍の量売れる)
- 郊外型超巨大店舗(規模の経済で地方都市を完全攻略)
- 物流拠点の構築と集中出店(物流コストを極限まで下げながら州ごとに制圧)
- メーカーからの直接仕入れ交渉(1セントでも安くして顧客に還元)
競合他社もウォルマートの真似事をしようとしていたという点を考えると,『発見』というと言い過ぎかもしれません。しかし,ウォルトンは「近隣のどの店舗よりも安く仕入れて安く売る」という目的を持っていた点が,競合他社とは明確に違いました。
同じキャッチフレーズの戦略,たとえば,エブリデイ・ロー・プライスはシアーズもやろうとしていましたが,結果的に在庫の山を抱えることになりウォルマートの大成功とは明暗が分かれました。これは結局のところ,戦略そのものには優劣はなく,目的を的確に設定できて初めて”単なる方針”が”優れた戦略”となり,戦略を活用できるということを表しています。
ウォルトンの低価格という目的は,サウスウェスト・エアラインズのように明確です。
つまり,絶対にすべきこと・絶対にすべきでないことの両方を全スタッフ・全店舗に徹底することに成功したという点で,ウォルトンは圧倒的に優れた経営者だったわけです。
ただし,こうしたウォルマートの戦略は決して当初から備わっていたものではなく,現在のようなモンスターに成長する過程も順風満帆というわけではありませんでした。
ウォルマート以前
幼少期から商才のあったサム・ウォルトンは,1945年にアーカンソー州にてベン・フランクリンというバラエティストア(百貨店のフランチャイズ)を始めました。このバラエティストアはベン・フランクリン本部の指導に従っていれば,商品の仕入れ,品揃え,価格設定などは本部任せで済ませられるというスタイルでした。(マクドナルド(MCD)と同じですね。)
一見するとWin-Winな関係に見えますが,根っからの商売魂の塊であるウォルトンは,近隣店舗を毎日くまなく調査し,どうすれば顧客が殺到するか,どうすれば顧客が満足するかということを身を以て学習していきます。
たとえば,圧倒的な特売品を大量に並べれば(ときには原価ギリギリ)20マイル先からだろうと山ほどお客さんが来てくれるということに気づいていきます。休日なども子供の散歩について行っては途中で競合スーパーの価格調査をするというほどですから根っからのワーカホリックです。それぐらいの商売人でなければ成功できないということでしょう。(マクドナルドのレイ・クロックはゴミ箱を漁って競合ハンバーガーショップが肉を何kg仕入れたかを調べていました。)
さて,マクドナルドやセブンイレブンを見れば分かる通り,フランチャイズ本部は上納金(ノウハウ料),卸売マージン,ローン(不動産取得費用の分割)など様々な手法で収益を上げています。フランチャイズ店舗側は,有名ブランドを活用できる,自分で広告宣伝をする必要がない,初期費用が少なくて良い,といったローリスクで頭を使わなくて良い点に惹かれて契約を結ぶわけです。
しかし,こうした「頭を使わなくて良い代わりに,高値で仕入れて,本部の決めた固定価格で売れ」という契約は,ウォルトンのように常に顧客満足度を高めようと努力している経営者からすると何のメリットもありません。ウォルトンは顧客のために常に値下げするための努力を続けており,ついには自分でメーカーや業者から仕入れるようになりました。こうしてベン・フランクリン本部と度々衝突するようになり,独立して自身の店舗を開きたいという夢が高まっていきました。
ウォルマート誕生
こうしてサム・ウォルトンは44歳のとき,弟のジェームズ・ウォルトンとともに1962年にウォルマート第1号店をオープンします。
こうした創業物語では,創業当初からロケットスタートを切るケースも多いのですがウォルマートの場合,当初はウォルトン家の自己資金とウォルトン自身が銀行から借りた融資だけで運転資金を賄っていたので,ちょっとでも出店を早めすぎると経営不振に耐えられないぐらいの脆弱な財務体質でした。(#若い企業は,いかにアイデアが良くても資金と人材が成長のボトルネックです)
1967年の時点で24店舗に拡大してはいましたが,ウォルマートの急成長を知っていると随分と遅い滑り出しです。この初期の拡大期には,ウォルトン家の負債も巨額に膨れ上がっており財政的・精神的な負担も高まっていました。
サム・ウォルトンとしてはウォルマートはウォルトン家のファミリービジネスそのものでした。兄弟で創業し,家族が手伝いに来てくれるようなスーパーです。しかし,一方で一個人では負担しきれない巨額の負債のプレッシャーに悩んだ末,ついに1970年に上場し公開企業となります。
上場
上場後,潤沢な資金を獲得したウォルマートの快進撃が加速します。
この時期にはウォルマートのコストダウン戦略と出店戦略は完全に確立されており,まだアーカンソー州と周辺地域だけしか出店していないにも関わらず,飛ぶ鳥を落とす勢いで出店していきます。ただし,闇雲に出店するのではなく,確実に物流拠点を設営してから,一定の地域に集中出店するという,今でいうとコンビニに近いやり方で確実にカバー面積を広げて行ったのです。
この当時,サム・ウォルトンは自家用飛行機で各地を飛び回り,空から出店に適した立地を探しては現地調査し,出店スタッフを任命するというような経営を続けていました。経営者自身が晩年まで空を飛び回って指示を出すわけですから,すごいバイタリティです。(#マクドナルドのレイ・クロックもヘリコプターでフランチャイズの出店場所を探していました。時代が近いと行動様式も似ています。)
10のシンプル・ルール
サム・ウォルトンが残した10のルールがあります。経営者としての人柄が伝わってくるような言葉ばかりです。
- 事業にコミットせよ
熱気を持って取り組めば周りのみんなに伝わる - スタッフと利益を分配せよ
- スタッフを勇気付けよ
- スタッフと話せることはなんでも相談せよ
- スタッフが事業のためにやることはなんでも褒めよ
- 成功は素直に祝福し,楽しめ
- 会社内の全員の意見に耳を傾けよ
スタッフが良いアイデアを提案できるようにせよ - 顧客の期待を上回れ
失敗したら言い訳はせずに謝罪せよ - 競合よりも支出をうまくコントロールせよ
支出のコントロールこそが競合優位を生む - 流れに逆らって泳げ
周りに流されるのではなく,周囲とは逆に行動し,ニッチを探せ
ファミリー・ビジネス
現在に至っても幸いにしてウォルトン一家合わせて52%の株式を保有しておりファミリービジネスとして続いています。
アマゾンとの戦い
ハワード・シュルツの言葉を借りるまでもなく,現在の小売業は激変期です。もっというと,生活スタイル自体の大きな変化が起きつつある時代だと言えるでしょう。
アマゾンをはじめとする通販の普及によって人々は街に足を運ばなくなりました。なんでもオンラインで揃う時代になれば,極端な話ルーチンワーク的な買い物は全てアマゾンで済ませられるようになってしまいます。
こうしたトレンドに対して,ウォルマート(WMT)やホーム・デポ(HD),ロウズ(LOW),アルタ・サロン(ULTA)などは実店舗に加えてE-コマースに力を入れており,オムニ・チャンネルと呼ばれる複数の購買方法を併用することで対応しようとしています。少なくとも,ホーム・デポとアルタは決算の数字を見る限りはオンライン販売が伸びており,ブランドを生かした一定の業績拡大に成功しているように見えます。
しかし,私は今後長期的に見て,アマゾンに対抗できる企業はそれほど多くないと考えています。つまり,倒産まではしないが,大きく利益率を落としてしまい,低収益・低成長企業になってしまうのではないかという懸念です。
その理由として,全世界で知名度のある小売業という意味だと,実はウォルマートもホーム・デポもまだまだ全世界では成功していません。いわゆる郊外型巨大店舗は米国という車社会にフィットしたビジネスモデルであり,米国でのブランドは圧倒的です。なので,ブランド力を生かして通販を増やすというのも,「米国内においては」一定の成功の可能性はあると見ます。
しかし,世界に目を向けるとこれら企業のブランド力は事実上あまりないので,海外に向けた通販は不可能でしょう。残念ながらウォルマートやホーム・デポは北米の両側の海を超えられないと見ます。
結局のところ,通販というのは最終的に商品の差別化というのが難しく,いかに大量仕入れでコストを下げるかが重要です。この点で全世界で通販可能なアマゾンが規模の面で成長余地を大きく残しており,有利です。さらに利便性という意味では空気のように便利になって行く運命にあります。アマゾン・エコーやグーグル・ホームなどは皆さんもご存知でしょう。まさに一声かけるだけで商品が届くようになる未来が,今後10年ぐらいで確実に普及します。
そうした時代に,ウォルマートやホーム・デポ流の通販は旧態依然とした面倒なものとして利用されなくなって行くのを私は恐れています。
ホーム・デポはかろうじて可能性があり,それは「顧客教育」という点です。ホーム・デポはDIY文化の開祖ともいうべき企業であり,店舗でどうやって水道工事をすれば安上がりで済むかを顧客に親切に教育して回りました。こうした地道な積み重ねが,全米のDIY文化になっているわけで,この教育という資産はまだまだ当分は生き残ると見ます。
ただし,ウォルマートはどうでしょうか?生き残流のは間違い無いでしょうが,利益率がどう推移するか,10年スパンで見守りたいと思います。
今回のブログ記事、有意義な情報で大変ためになりました。
ウォルマートは知っていても、ここまでは知らなかったもので、、、。
ありがとうございます。
小売業に投資するには、なかなか勇気がいるなと私は感じています。
日本でも大手小売業が淘汰されてきましたし、今ではイオンも苦戦しています。
正直、セブンも将来どうなるかと危惧しています。
小売業は一度ビジネスモデルが崩れると、雪崩を打つように駄目になる場合があるので、投資するには怖いなと感じます。
規模が大きくなればなるほど、逆流が怖いです。
米国の企業はその辺は分かっているとは思いますが、、、。
(長文失礼しました)
ブックさん
コメントありがとうございます。
小売業は今でこそ通販に押されていますが,ビジネス環境としては常に激変期が続いていると思います。
一部の大化けする企業がある一方で大半の企業はジリ貧になりがちで,今はウォルマート(WMT)でさえも
アマゾンの利益度外視の攻勢の前には苦しめられています。メイシーズ(M)などはもっとひどいですね。
小売業は商品がコモディティである以上,商人の勘みたいなものが差別化要素にならざるを得ない面があります。
インテルのアンディ・グローブじゃないですが,お客さんへのサービス精神満点で,かつ
パラノイア(競合を過度に恐れ慎重に対策を行う)な承認に引っ張られる企業が残るんだとは思いますが,
あまり勝利の方程式が見当たらないですね。
アマゾンのベゾスCEOは商人とは言いがたいですが,ITと物流とオートメーションへの造詣が深く,
常に既存のビジネスモデルを学びつつ破壊する気概が,今の成功につながっていると思います。
現場たたき上げのサム・ウォルトンとは正反対のタイプですが,試行錯誤を尊ぶ精神という意味では共通していますね。
私も小売業は投資先としては,収益性が低く,競争が激しいという意味で難易度が高いと感じます。
そもそも米国に住んでいないと各社の実態が分からないというのが一番の課題ですが…。