金融機関を取り巻く環境とフィンテック

今回は米国の金融機関の状況についておさらいします。というのも,今後数年間で金融をとりまく環境が激変することが予想されるためです。数年後に振り返れるだけの材料・記録を残しておきたいと思います。

金融機関を取り巻く環境(2016年)

(1) 規制

財務省やFRBら金融当局によるリーマンショック以降の自己資本規制強化はちょっと異常とも言えるレベルでした。

基本的な法案は2010年7月に成立したドッド=フランク・ウォール街改革・消費者保護法ですが,その中でFRBが健全性規制を追加して良いと定められています。その後,レバレッジ規制(自己資本比率に関するもの)やストレステスト(FRBによる直接的な監視強化)や短期負債規制(資本調達の手法にまで規制)など枚挙にいとまないほど数々の規制が追加されました。こうした規制に対応するために金融危機による被害の程度が小さかったJPモルガン・チェース(JPM)でさえも自己資本強化を優先して無配に転落したほどです。

リーマンショックを引き起こした直接の原因は,返済能力の低い低所得者(サブプライム層)への無理な不動産融資であり,その債権の焦げ付きによって一部の金融機関が債務超過に陥ったことでした。もちろん,倒産したベア・スターンズやリーマン・ブラザーズが過剰なレバレッジをかけていたために被害が拡大したというのは確かに事実ですが,2016年に入ってもFRBは金融機関への自己資本積み増し一段と厳しい水準に引き上げようとするなど,懲罰的規制が続いています。FRBの規制対象となるのは投資銀行だけではなく保険会社なども含まれます。

※下図は2008年以降デ・レバレッジさせられてしまったゴールドマン・サックスのD/Eレシオ。レバレッジの比率はもはや経営者の裁量を離れ,規制当局(FRBなど)の管理下に置かれています。まるでIMFによる韓国占領に匹敵する,銀行冬の時代を感じさせられるチャートですね。

Goldman_Sachs_-_Leverage_Ratio_2003-2012

現在の金融機関は,食べることも(資本を調達する方法も),手を動かすことも(信用創造によりリスクに応じたレバレッジをかけることも),足を動かすことも(FRBの定める恣意的なリスクファクターを加えてストレステストをさせられる)できない状況です。

そうした中でシティ・バンク(C)やバンク・オブ・アメリカ(BAC)など被害の大きい金融機関のバランスシートは改善されてきましたが,一方でウェルズ・ファーゴ(WFC)やJPモルガン・チェース(JPM)は画一的な規制で割を食ったと言えます。

(2) 金融政策

米国の金融政策は2008年のリーマンショック以降,システミック・リスクを防ぐためにフェデラル・ファンド金利の大幅な引き下げ(0〜0.25%)とFRBによる量的緩和を続けてきました。しかし,2014年以降,失業率が低下し完全雇用に近づいてきたこと,賃金も下げ止まり上昇傾向が見られることを理由に,FRBはインフレを警戒し利上げのタイミングを伺ってきました。

Federal_Funds_Rate_1954_thru_2009_effective.svg

2015年12月のFOMCにてついにFRBは誘導目標0.25%〜0.50%への利上げ(プラス0.25%)を発表しました。その直後から株式市場は大荒れとなり,2016年初頭は①中国経済危機への不安感と②原油安,③利上げの3つの不安定要素が複雑に絡まり合い,世界中の株式市場とコモディティ市場と為替(ドル)が全面安に見舞われました。

※下図は利上げで大暴落したS&P500指数。

$SPX-20160818

FRBの利上げは上昇率わずか0.25%ながら,まれに見る最悪のタイミングでの発表だったと言えます。

2016年現在,投資家のFRB政策(特にジャネット・イエレン議長の経済感覚)への不信感はピークに達しています。私のような零細個人投資家からすると未だにPTSDのような状態で「利上げ」と聞くとリスクオフしたくなる心理状態にあります。

こうした投資家からの不信感に対してはFRB側も深刻に受け止めており,世界経済の状況も見極めつつ不安定要素があるタイミングでは利上げを発表しないよう方針転換を行いました。この配慮は奏功し,6月のFOMCで利上げが回避された結果,6月23日の英国国民投票によるブレグジットショックの影響は最小限に抑えられました。

この市場との対話(2015年12月のように不安定な市場環境をさらに悪化させるようなタイミングでの利上げは避けたい)によるFRBのメッセージにより,投資家からの不信感は幾分和らいでおり,8月18日現在,利上げに対する警戒感は払拭されつつあります。「いずれは利上げするだろうが,タイミングは考慮してくれるだろう」という期待感です。

具体的に言うと,直近の最大の懸念はやはり英国です。ブレグジット(英国のEU離脱)は国民投票は終わったとはいえ『過去』の話ではなく,これから個別交渉を行い,離脱後の枠組み(人・物・金の移動ルールや関税など)を構築していく『未来』の話であり,英国ロンドン・シティーを欧州への窓口として利用してきた米国金融機関にとっては課題山積だと言える状況です。おそらくですが,多くの米系国際金融機関(JPモルガン・チェース(JPM)など)は本拠地をドイツ・フランクフルト等に移すなどの対処を行うでしょう。

こうした『現在進行形』の英国離脱交渉と,『未来』の金融機関の不安定要素がある以上,FRBは2016年中の利上げを回避するだろうというのが,過半数の投資家の見立てです。

(3) テクノロジー

ブロックチェーン技術をはじめとするフィンテックが2015年より急速に拡大の兆しが見えてきました。特にホットなのが決済分野です。従来,複数の金融機関をまたいだ決済は手数料も高く,処理に掛かる手間や時間も大きいという不便なものでした。そうした中で,ビットコイン(パブリック・チェーン)のような技術を使えば数分で決済が可能だということが知られ,ユーザー側の意識が変わったのが大きいと思います。「決済はリアルタイムで」「モバイルで」できるべきだというわけです。

こうしたユーザー側の意識変化に伴いブロックチェーンを否定し続けてきた大手銀行も部分的にフィンテックに投資を行い,導入するようになってきました。2016年より導入されたチェース・ペイ(Chase Pay)などが代表格です。

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従来の金融機関は預金(deposit)を集めて貸し出す(loan)する業務が中心で,その利回りの差(yield curve)を収益の柱としてきましたが,低金利が長期間続いたことにより,貸出金利で稼ぐことが難しくなりました。しかも,上述したようなレバレッジ規制があるために貸出総量にも制限が掛かってしまいます。

このように手足を縛られて苦しい中で融資以外の業務で収益を稼ぐ必然性が高まったことが,大手銀行がフィンテックへの投資を決断した一つの要因です。手数料ビジネスに注力するのであれば,モバイル決済や資産運用アドバイスといった新たなジャンルで競合力を強化しないといけないわけです。

(4) コストダウン

もう一つ,フィンテックが従来の金融機関のルーチンに優る点が一つあります。それは,コストの安さです。

ファイサーブ(FISV)の調査レポート”Mobile Banking Adoption: Where Is the Revenue for Financial Institutions?“を見ていただくと分かりますが,ミレニアル世代(25〜35歳)やジェネレーションX(35〜50歳)では特にモバイル決済を利用する率が高く,また決済の利用頻度も高いことが分かっています。要するに利便性の高いテクノロジーを積極的に導入していく傾向が高いとされています。

また,こうしたモバイル決済利用者の特徴として,支店窓口の利用頻度が減少することが分かっています。(モバイル決済利用開始後3ヶ月で30%程度支店利用回数が減少。)実際にiPhoneアプリなどをご利用の方なら実感が湧くと思いますが,通帳の記帳やら預金の出し入れ,ローンの支払いなどは,ほとんど窓口を使わずに済ませるようになるものです。

支店利用者が減ると言うことは窓口のリテール業務の店員を減らすことができます。銀行において窓口業務ほど労働集約的な業務はありません。その低付加価値のサービスをカットすることで,コストダウンひいては収益性の改善に繋がるために,銀行のモバイル決済シフトを後押しする状況となっています。リソースの集約がうまく進めば,高付加価値ビジネスである「資産運用アドバイス」「住宅や事業ローンの相談」などのプロフェッショナル業務に注力でき,収益力が向上することが期待できるというわけです。

まとめ

金融機関は

  • リーマンショック以降,自己資本規制(レバレッジ規制),短期負債規制,ストレステストなどの規制強化により,自由な裁量を失っている
  • こうした環境の中で,金融機関の傷んだバランスシートは改善されつつある
  • しかし,長期にわたるFRBの低金利政策でイールドカーブが低迷し,融資による収益は伸び悩んでいる(ボリュームは増えているが,利回りは横ばい)
  • 融資の際の貸し出し利回りに頼らない成長戦略とコストダウン戦略が必要となった
  • 成長戦略として,決済ビジネス(手数料ビジネス)の重要度が増した
  • コストダウン戦略として,モバイル決済シフトによる窓口人員削減が重要となった
  • (ニーズとして)25歳〜50歳はモバイル決済を嗜好する

以上の理由により,フィンテック(というと大げさで,正確にはモバイル決済の大幅強化による金融機関の事業内容改革)導入は不可逆的に進むと考えています。モバイル決済の技術の一部としてフィンテックは位置づけられるでしょう。

もちろん,金融機関の中にも,こうした時流に敏感な経営者と保守的な経営者がいるために,足並みが揃わないとは思います。

ですが,10年スパンで考えれば金融機関同士のサービス面での競争もあるので,米国の人口動態の中核(ミレニアル世代+ジェネレーションX世代)の嗜好に合わせた業態にならざるを得ないでしょう。

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